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心ゆたかに No.84

発行日 平成21年11月1日
『曹洞宗興徳寺様で地鎮式』 静岡県磐田市森下

 去る9月11日(金)、磐田市森下の長松山興徳寺様(八神英典住職)において、本堂と位牌堂の新築にともなう解体法要が執り行われました。
 そして、旧本堂と位牌堂が無事に解体され、同月28日(月)、地鎮式が執り行われました。
地鎮式には建設委員を始めとした関係者の方々が列席され、厳かな雰囲気の中、皆一人ひとり焼香して、今後の工事の無事を祈りました。
上棟式は今年の12月19日(土)の予定で、完成は再来年、平成23年の3月末を予定しています。
『念願のお披露目』 曹洞宗龍雲寺様
 去る10月3日(土)、菊川市西方の洞谷山龍雲寺様(村松了章住職)において、完成を目前に控えた本堂の檀信徒御披露目式が執り行われました。
龍雲寺様では11月3日(火)に落慶晋山式を予定され、その時には大勢の寺院の方がお見えになられることがわかっていたため、せっかく浄財をお寄せ下さった檀信徒の方に満足なおもてなしをできないのではないかとご配慮なされて、檀信徒御披露目式を落慶式に先がけて行われたのです。
式典の前日より雨が降っていて、当日も朝は雨が降っていましたが、仏天の御加護か、鏡開きの頃には嘘のように晴れ渡りました。式典には遠く京都から清水寺管主の森清範様もお見えになられ、講話をなさいました。普段なかなかお目にかかれない管主様の有り難いお話に、檀信徒の方は皆興味深く耳を傾けていました。境内では樽酒やうどん、お赤飯等が振る舞われました。
 天峰建設も模擬店で焼きそばや焼き鳥を無料で提供し、式典の賑わいに花を添えました。


『科学と仏教の接点・関係について』
 日本テンプルヴァン㈱ 井上文夫
「仏教も科学も世界の真理を追求する目的は同じ」
 10月17日に行われた「科学と仏教の接点Ⅲ」に参加してきました。花園大学と東京禅センターとの共催で行なわれ、難しいテーマでもありましたが、東大の大講義室が参加者で溢れるぐらいの盛況ぶりでした。
講師は科学の立場からは、東大数理科の合原一幸教授、そして仏教の立場から花園大学の佐々木閑教授のお二人でした。講師のお二人は仏教と科学という、およそ接点を探すのが難しい中、「お互いによく話をしてみたら、どちらも物事の心理を追求し、人々の幸せを求めていく、という立場では目的は一緒だった」ということから、すっかり意気投合し、以来親しく付き合っておられるとのことでした。
 講師の一人である佐々木閑教授は、長いこと朝日新聞に「日々是修行」というコラムを書いていました。これは読みやすい文章、仏教的専門用語は一切使わず親しみやすいコラムで、多くのファンができたそうです。最近ではコラムを読み損なった人のために、ちくま新書から同名の新書が出版されています。
この佐々木教授は、仏教と科学のお互いの立場・関係について、次のように説明をしています。仏教は心の中の法則を探求する宗教なのだが、これと対になる分野が科学である。科学の分野も仏教と同じく、世界の法則を発見することにあるのだが、ただそれが外部にある物質世界の法則だという点に、仏教との違いがある。仏教は智慧の力で「心の法則」を探求し、科学は智慧の力で「物質世界の法則」を探求する。仏教と科学は、互いに補い合い、尊敬し合うことのできる、同じ次元の領域なのである(平成19年10月25日朝日新聞「日々是修行」から引用)と解説しております。実はこの発想は、恐らく佐々木教授が仏教に傾倒するまでは、京大工学部を卒業され、科学の分野にも理解が深いことで、初めて可能になったのでは、と私は思います。
「科学は仏教・宗教と融合してこそ真価を発揮」
以前この原稿の中で、足利市で少女が殺害され、善良な一市民が科学技術の産物である未だ稚拙なDNA鑑定データだけに頼りすぎた結果起きた冤罪であり、関係者仏教的素養があれば防げた事件、と書きました。これと似たような例は枚挙に暇がありません。例えば原子力は、人々の生活に資することに限定すれば、大変すばらしい科学技術であるのに、戦争に使われ、日本人が何十万人も亡くなるという歴史には、一方でそれを阻止する力になり得なかった宗教の無力さを感じます。
また昨年世界中を震撼させたリーマンショックによる世界的な経済の破綻は、科学技術の落とし子であり、そこには何らの倫理観や宗教観のかけらすら持ち合わせていない金融工学に頼りすぎ、お金儲けだけに猛進したことにより惹起した「因果応報」による結果であるとも言うこともできます。
 このように科学技術は人間やこの世の中の生き物にとり、正しいことにも使えば、反対のことにも使うことができ、同じ技術であっても、使われ方の違いによってはその技術自身が悪魔の手先となってしまいます。この両者は、まさに使われ方により結果は正反対のものになります。ではこの科学技術を正しい方向にだけ使わせる分別はどのようにすれば可能になるのか、それさえ導き出せれば、再び愚かな過ちを犯すのを回避できるかも知れません。
お寄せいただくお客様の声☆お気軽に天峰建設へ御相談を
前述の両教授の討論は、少し数学的な理論に走りすぎたきらいがあり、どちらかというと人文科学系に馴染みのある参加者がほとんどです。その中で、二次元方程式がどんどん書き込まれながら進んでいき、あたかも数学者討論会の様相を呈していました。そのようなセミナーにはついていくのが大変という印象を持ったのは私だけではなかったかと思います。しかし、この時に特に感じたことは「科学と宗教はお互いに対立するものではない」ということです。この両者の融合やお互いの領域へのそれぞれが影響し合うことにより、より向上・進化していき、この両者が融合してこそ真価を発揮できるのではないか、という印象をこのセッションを聴いて強く感じました。
本紙に添付して配布させていただいている「お気軽FAX申込書」は、順調に認知され始めている様で、少しずつ御相談もお寄せいただいております。
FAXでの申し込み以外にも、訪問時に御相談されるものの中で最近目立つのは、御位牌の転倒防止策です。やはり、八月十一日の地震で実際に御位牌が倒れる被害が出ているせいでしょう。
また、10月8日の台風後のお客様への電話調査では、木が転倒したり枝が落ちたり、屋根の損壊などの被害が目立ちました。

・・・羊肉の話・・・
 秋祭りシーズンも過ぎ去り、涼しいというよりは日に日に朝晩の冷え込みが増しています。鍋料理のおいしい季節の到来です。鍋と言っても色々な種類があるので、何を採り上げようかと悩んでいたら、何故か頭に浮かんだのがジンギスカン鍋。ジンギスカンは羊肉を用いた焼き肉の様な料理なので、ジンギスカン鍋は、鍋料理とは関係無いかも知れませんが、色々と調べていたら、羊肉の素晴らしさがわかりました。ということで、今回は羊肉の話です。
羊は1万年以上昔から家畜化され、羊毛や羊肉が重宝されてきました。余談ですが旧約聖書に出てくる人類初の兄弟喧嘩の原因は、神が兄カインの農作物の供物を無視し、弟アベルの羊肉の供物を喜んだことでした。
日本では明治以前は肉食の習慣そのものが余り無かったのですが、大正時代に軍服などの材料として、羊毛を増産する計画が立てられ、それに伴って羊肉の消費の増大のために色々な料理が考案されました。その中の一つが今のジンギスカンの原形となった様です。そして、現在ではジンギスカンは北海道の代表的な料理として定着し、福島県の遠野市ではレジャー感覚でジンギスカンが頻繁に食され、ブリキのバケツに穴が開けられて七輪の様に用いる「ジンギスカンバケツ」まで売られているくらいです。
羊肉は健康に良い肉と言われていますが、その理由は、牛肉や豚肉に比べて脂肪の割合が少ないことです。さらに、その脂肪の融点が四十四℃と人の体温よりも高いために吸収されにくいと考えられています。他にはコレステロール値も魚肉並みに低く、100g当たり50mgしかありません。しかもコレステロールを下げる不飽和脂肪酸を他の食肉よりも多く含んでいます。そして、羊肉がダイエットに良いとまで言わしめている物質が羊肉に豊富に含まれるカルニチンと言うアミノ酸です。体内に溜まった脂肪は、遊離脂肪酸と言う燃焼しやすい形に変えられて細胞内のミトコンドリアに送られて燃焼させられるのですが、カルニチンが無いと遊離脂肪酸がミトコンドリアに到達しないのです。カルニチンはラム(一歳未満の子羊の肉)よりもマトン(一歳から二歳の羊の肉)の方が多く含まれています。
羊肉はマトンの臭いと硬さのために敬遠されがちですが、料理によって香辛料や香味野菜と組み合わせれば、案外臭いは気にならないかも知れませんし、ラムはマトンほど臭いがありません。羊肉に親しみ健康に活かしてみましょう。今年は富士山静岡空港が開港して北海道も身近になりました。ジンギスカンを気軽に食べに行くのも一興です。